「育てる林業」から「売る林業」へ、官民で描く林業の未来
お仕事で関係しない限りは、日ごろ触れることのない世界なのではないだろうか。
一方で、日本の国土は67%が森林だと言われており、私たちの生活を陰日向で支えている。
そんな「森林」と日々向き合っている、4人の方にお話を聞いた。
- 日本三大人工美林のひとつ「天竜美林」を有する、浜松市の林業政策とは?
- 機械化・規模化に頼らない林業の効率化、第三の方法を探して
- 「良質な木の体験」の創造が、林業の可能性を切り拓く
産業部林業振興課 副主幹
森林・林業政策グループ長
産業部林業振興課
森林・林業政策グループ
プロダクションセンター 統括副部長兼マーケティング事業部部長
建築事業部 施工管理課課長
静岡県浜松市の北部に広がる森林は「天竜美林」と称されています。日本三大人工美林のひとつで、奈良県の「吉野」、三重県の「尾鷲」と並ぶ、良質なスギ・ヒノキの産地です。天竜材は、2021年に開催された東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会の会場のひとつ、有明体操競技場にも採用され話題になりました。また、国際的な森林認証基準「FSC認証」への積極的な取り組みでも知られています。
天竜材の産地である浜松市では、市役所に「林業振興課」という部署がおかれ、森林・林業に関する業務にあたっています。
都道府県レベルではなく、市町村レベルの行政機関に林業に関する専門部署があるのは、全国的に見ても多くはないそうです。
そんな浜松市の林業が、行政・民間両方の目にどう映っているのかを追いました。
森があり、人がいる。「生業としての林業」を目指す浜松市の林業政策
浜松の林業政策の基本方針を教えてください
平成18年度に策定した「浜松市森林・林業ビジョン」があります。
理念として「価値ある森林の共創」という言葉を掲げ、「森林」「市域」「市民」の視点でそれぞれ目標を定めています。
「森林」の目標は、「持続可能な森林経営・管理」。
「市域」の目標は、「森林で繋がる循環型社会」。
「市民」の目標は、「森林とふれあう快適生活」。
特徴的なのは、「森林」視点の目標の「持続可能な森林経営・管理」のところです。
「育てる林業から売る林業へ」という戦略に象徴されるように、生業としての林業という位置づけを明確にしています。
自治体によっては、森林を「環境林」という位置づけにすることもありますが、浜松市は社会的なニーズのみならず、生態的・文化的・精神的なニーズ、そして経済的なニーズも満たすことを明確にしています。
社会的な意義と経済的な意味を両立する、まさしくCSVな方針ですね。
平成18年度に制定されたという背景を考えると、かなり先進的な考えだったのではないでしょうか?
平成17年の市町村合併をきっかけに、このビジョンを策定しました。
平成18年からおよそ1年にわたって検討委員会を開き、市民インタビュー、ワークショップ、パブリックコメント、フォーラムなども織り交ぜながら取り組みました。
検討委員会には、国・県などの行政に加え、林業・木材・建築・商工業・水環境・地域づくり・市民活動・経済・環境・都市・教育などの民間プレーヤー、有識者まで、合計21名が参加。フォーラムやワークショップへの参加者を合わせると、数百人の方が関わって策定されたビジョンです。
これだけ幅広い分野で、これだけの人数が、林業へ積極的に参画しようと集まったこと自体、浜松市の大きな特徴であり、財産なのではないかと思います。
ビジョン策定の段階から、「共通価値の創造」という視点で議論ができる土壌があったのですね。
そのほかに、浜松市ならではの特徴はありますか?
多くの方がビジョン策定に関わった背景には、
・歴史的に、しっかり育ててきた森林があること
・生産地と消費地が近いこと
この2つの要素が、浜松市ならではの特徴としてあるのではないかと考えています。
歴史的に、しっかり育てられてきた森林
しっかり育てられてきた森林というと?
天竜の林業の興りは、1400年代にまで遡ります。
実は、私自身も代々林業家の家系でして、幼い頃は父が丸太を売りに行くとお土産を持って帰ってきてくれるので楽しみにしていました。
また、市内の龍山森林組合は、今の「森林組合」の形態を日本で初めてつくった組合で、当時は全国の林業関係者の注目の存在でした。
今でも、龍山森林組合出身の林業家さんが数多く活躍されています。
天竜は、昔ながらのやり方を踏襲するだけでなく、新たな取り組みにも積極的です。
平成22年に18,400haがFSC森林認証林になりました。その後、認証面積は拡大し、現在49,441haが取得していて、市町村別取得面積で全国1位。FSC・COC認証の取得事業者数は全国2位です(令和4年度9月現在)。
「生産地」と「消費地」の近さ
もう1つの要素として挙げられた、「生産地と消費地の近さ」は、確かに特徴的ですね。
そうなんです。この点について、私自身が農林水産省へ出向したときに、全国各地の林業の状況に触れる中で気付いたことがあります。
それは、浜松市は立地的に恵まれていることです。
市内に消費地がある生産地は稀ですし、名古屋・東京など大都市にも近いことは、大きなストロングポイントです。
また、「森があるから生産地ではない」ことも重要です。
森を育てるのが、林業家。
材木を加工する、製材会社さんや加工会社さん。
材木を流通させる、流通会社さんや問屋さん。
材木を使って建物をつくる、工務店さんや建設会社さん。
木製品をつくる、建具屋さんや家具屋さん。
そして、木製品を購入する市民の皆さん。
こうした「消費地」の活動があって初めて「生産地」となり、「林業」が成立します。
言われてみれば当たり前のことですが、バリューチェーンが分断されていると、忘れてしまいがちな視点ですね。
浜松市は、こうした生産地と消費地の両方が近接しているのが大きな特徴です。これを、今後も最大限活用していくべきだと思います。
また、近年の「カーボン・フットプリント」や「ウッドマイレージ」の観点から考えても、輸送コスト・輸送による温室効果ガスの排出削減にも取り組める利点があります。
ただ、私は長らく林業部署にいるので見方が凝り固まっているかもしれません。
石岡さんは、市役所の別の部署から異動してきた背景がありますが、石岡さんから見るとどうですか?
私が林業振興課に異動して最初に感じたことは、「浜松の強みは、川上から川下まで事業体が揃っていること」でした。
そしてそれは強みでもありますが、一方で難しさでもあります。
行政として、立場が異なる関係者の理念や方針を公平に尊重しながら調整することが難しいという側面があるからです。
また、林業政策は長期戦ですが、浜松市役所の職員には異動がつきものです。
私が携わった取り組みが、私がいる間にどれだけ成果が出るか分からないことにも難しさを感じています。
なので、取り組みに「継続性」があることがとても大事だと考えています。
そのためには、ボランティアのような形態ではなく、戦略にあるように「育てる林業から、売る林業へ」、生業として林業を成立させることが重要だと実感しています。
生産地側の課題:機械化・規模化に頼らない事業の効率化
天竜の林業が、未来に向けて多くの可能性を秘めていることが伝わって来ました。
逆に、課題としてはどんなことが挙げられますか?
生産地の課題としては、
国が進める「スマート林業」へのハードルがあります。
天竜は、南アルプスから連なる急峻な地形の影響を受け、材の品質は高い一方、生産量が少ないです。
生産量が少ないということは、事業規模もコンパクトにせざるを得ません。
結果、規模による経済効果が得られにくく、大規模な設備投資のハードルが上がります。
また、急峻な地形による物理的な制限も受けます。
たとえば、「高性能林業機械」のひとつに「ハーベスタ」というものがあります。
山の木を運び出すまでには、立ち木を伐採し、枝打ちをして、一定の長さ(3mや4m)に切り出すという工程を踏みます。ハーベスタは、これらの工程を1つの機械で一度に進めることができ、作業の生産性を大幅に高めることができる機械です。
ただ、大型で自走式のため、急峻な地形では機械を搬入することができません。
天竜の山では使える地域が限られ、こうした機械の導入が遅れている現状があります。
https://www.rinya.maff.go.jp/j/kaihatu/kikai/kikai.html
事業の規模化や機械化が難しいとなると、販売価格や利益率にも影響がありそうです。
生産量が少ないということは、加工会社さんや流通会社さんへの納品も小規模になります。
つまり、バリューチェーン全体として規模による経済効果の恩恵を受けにくい構造のため、価格競争の観点では、他の産地と比較すると不利だと言えます。
実際、他の生産地が「少品目大量生産」で効率化を進めたのに対し、天竜は昔ながらの「多品目少量生産」のスタイルです。
このため、住宅を建てる側からのニーズへの対応に苦慮するケースも発生します。
効率化の定石ともいえる機械化や規模化という手段がとれない中で、どのように効率化を図っていくかが、天竜・浜松ならではの課題と言えそうですね。
これらの課題を踏まえ、アイジーコンサルティングさん・鈴三材木店さん達が取り組まれている「ジャパンウッドプロジェクト」は、画期的な取り組みだと注目しています。
生産地側の課題解決のヒント:「信頼」を基盤としたサプライチェーンの再構築
注目していただき、ありがとうございます。
ジャパンウッドプロジェクトは、今まで山から街へ一方通行だった「情報」の流れを逆転させ、実際の需要計画にしたがって生産計画を立てることからはじめました。
https://ig-consulting.co.jp/jwp/
せっかくなので聞いてみたいのですが、需要計画はどのように立てているのでしょうか?
最下流の工務店であるアイジーさんが、施工計画を開示されているということですか?
はい。流通・製材・生産の各プレーヤーの皆さんへ、弊社の受注計画を前もってお伝えします。
単純な施工棟数だけでなく、実際の設計プランから逆算して、必要な材木の種類別の量を算出する仕組みを構築しています。
以前ジャパンウッドプロジェクトの打合せに参加したとき、工務店である吉田さんが「木取り(※)」の話をしていて非常に驚いたのですが、そういう背景があったのですね。
一見ムダや手間に見えることを、自社の強みに転換されているという点も興味深いです。
1本の丸太から、梁・柱、板材などの部材を切り出すこと。
木の特徴を活かしつつ、無駄なく材料として使えるような切り出し方が求められる。
工務店さんからすれば、自社の受注予測を開示することは、今まで必要とされてこなかった作業ですし、リスクを取ることでもあります。リスクを取るうえに、流通や製材側の事情にも踏み込んで理解を進めることは相当な手間です。
一方、製材や流通からすると、受注予測を基に生産計画を立てストックをしていくことになります。
今までは、「見込み生産」や「経験則に基づいた在庫ストック」という不透明な生産体制でしたが、そこから脱却することができ、よりクリアな製造計画を立てられるようになりました。
「情報の横連携」がお互いの信頼関係となり、川上と川下がつながる強固なサプライチェーンとなったと思います。
製材や流通にとって、現状の課題を打破するチャンスでもあります。
実際、ジャパンウッドプロジェクトに参画している製材会社さんは、「大変だったけれど、取り組んで本当に良かった」といつも仰っています。製材事業としてのあるべき姿に近づいているという実感があるそうです。
既存のやり方を突破するには、トップの決断とリーダーシップが不可欠だと、ジャパンウッドプロジェクトの取り組みを通じて実感しています。
市役所の立場からすると、アイジーさんのような工務店さんが増えていけば、天竜・浜松ならではのバリューチェーンが構築できると期待しているのですが・・・
もちろん、志を同じくする仲間を増やしたいと思っています。
ただ、まだまだ参画のハードルが高いので、仕組みをブラッシュアップしてハードルを下げ、バリューチェーンの裾野を広げていくのが今後の目標です。
消費地側の課題:「良質な木の体験」の創造
生産地側の課題についてお話しいただきました。
逆に、消費地側の課題はありますか?
市役所に何ができるかという観点だと、「天竜材」の認知度をまだまだ上げられると考えています。天竜材・FSC材の認知度調査を行ったところ、市民認知度が約30%でした。
普段の生活の中で、天竜材・FSC材を通した「良質な木の体験」をいかに増やしていけるかが課題だと思います。
言われてみれば、天竜材を使った家づくりを推進する工務店は数多くありますが、家具や小物など手に取りやすいプロダクトを手がける事業者さんが限られている印象ですね。
私たちも、お施主様に天竜材を使った家具や小物も提案したいのですが、パートナーを組む事業者さんがまだまだ足りない状況です。
木材の使用量で考えると建設や建築・住宅がメインなのですが、人生の中でそう何度も買い替えるものではありません。
昨年(令和3年)、浜松市公式アンテナショップ「はままつ出世マーケット」をオープンしたのですが、取り扱う商品の中に天竜材を使ったものはほんの一部です。
皆さんの暮らしに身近で、かつ象徴的なプロダクトがあるといいなと。
https://www.rakuten.ne.jp/gold/shussemarket-hamamatsu/
今、私が関わっているプロジェクトで、浜松市内の公共エリアに木製什器を設置するための設計デザインをしています。
浜松文化芸術大学の学生さんとの協働プロジェクトとして、設計・施工を学生さんの研究活動の一貫として行っているもので、素晴らしいデザインに仕上がっています。
今回のプロジェクトは、無垢材ではなく合板を使用する設計としたため天竜材は使えなかったのですが、こうした取り組みも「良質な木の体験」の創造に繋がるかもしれません。
たしかに、私たちは住宅や建具のことなら分かりますが、家具や小物のデザインはよく分かりません。せっかく地元にアートやデザインを学ぶ学生さんがいるのであれば、その知恵を借りることで、さらに「良質な木の体験」をデザインできそうですね。
天竜材に関わるバリューチェーンの関係人口を増やしていきたいですね。
市役所としては、そうした民間企業さんや市民の皆さんの活動支援を強化していきたいと考えていますので、引き続きよろしくお願いいたします。
地域社会の課題の裏側には、その土地の歴史やそこに暮らす人々の経緯がある。
それらを知り、理解し、受け止め、共感することがすべての始まり。
そのうえで、「強みとして活かすにはどうするか?」という問いを共有できたときに、産官学や業種の枠を越えたパートナーシップが生まれるのではないだろうか。
浜松市での取り組みが、日本の林業の未来にとって新たな選択肢になっていくのかどうか、これからも追い続けたい。